概要
「節度ある適度な飲酒」とは「1日平均20g程度の飲酒」であり、「多量飲酒」は「1日平均60gを超える飲酒」です。ここでいう60gは、酒に含まれる純アルコール量で、だいたいビール中ビン3本(1,500ml)、日本酒3合(540ml)、25度焼酎300mlに相当します。
アルコール関連問題(アルコールに起因する健康問題や社会問題)の多くは、この多量飲酒者が引き起こしていると考えられています。
【節度ある適度な飲酒量(純アルコールにして20g/日)】
ビール |
(アルコール度数5度)なら |
中びん1本 |
500ml |
日本酒 |
(アルコール度数15度)なら |
1合 |
180ml |
焼酎 |
(アルコール度数25度)なら |
0.6合 |
約110ml |
ウイスキー |
(アルコール度数43度)なら |
ダブル1杯 |
60ml |
ワイン |
(アルコール度数14度)なら |
1/4本 |
約180ml |
缶チューハイ |
(アルコール度数5度)なら |
1.5缶 |
約520ml |
アルコール依存症は治療しないで放置しておくと、体の病気や、社会的な問題を併発しながら、長い時間をかけてゆっくりと進行していき、必ず死に至ります。 しかし、断酒を続けていけば、健康な一生をまっとうすることが可能です。
一人のアルコール依存症者のまわりには、数人の酒を飲まない病人が出るといわれています。 人間関係が破綻しながら、進行して行くのが、この病気の特徴です。
この病気はアルコール飲料の反復摂取により生体とアルコールの相互作用による脳疾患であり、かつ生物-社会-精神の連環障害といえます。 したがって、治療には多次元的な洞察とアプローチを必要とします。
合併症・併存疾患
アルコール依存症には、脂肪肝、肝炎、逆流性食道炎、膵炎、高血圧症、高尿酸血症、低タンパク血症、貧血など様々な身体疾患や、自律神経症状や不眠症などを合併します。多くのアルコール依存症の患者さんが、依存症状ではなく、こうした合併症を主訴に一般の内科を訪れることです。しかし一般医療では、これらの症状の治療だけになってしまいがちです。それは、再び飲める体にする、つまり患者さんの再飲酒の手伝いをすることになってしまいます。
アルコール依存症は双極性障害やうつ病、不安障害などの精神疾患に加えて、基盤に発達障害やパーソナリティ障害が併存しうるため、精神科専門医療機関への受診が望まれます。
性・年齢の影響
アルコール依存症は、性・年齢により症状等に差が認められます。
まず、一般に若年アルコール依存症では、精神医学的合併症の有病率が高く、アルコール依存症の早期発症の原因のひとつになっています。
高齢者の場合には、肝障害、脳血管障害などの身体合併症や、認知症などを伴っていることが多くみられます。
一方、アルコール依存症は男女でも差がみられます。体重あたり同量飲酒しても、女性の肝障害が重症化しやすいことはよく知られています。
男性に比べて女性の方が短期間でアルコール依存症に発展する傾向があります。
心理特性
アルコール依存症の心理的特徴として、「否認」と「自己中心性」があげられます。アルコール依存症の治療は、本人がまずアルコール問題の存在を認め、その問題を解決するためには、断酒を選択するしかないことを受け入れることから始まります。したがって、否認に対する適切な対応は、治療の成否を決める大きな要因となります。
否認は、本人が問題をまったく認めないか、または過小評価する状況を指します。多くのアルコール依存症の患者さんがこの特徴を示します。具体的には、嘘をつく、他と比較して自分の問題を小さくみせる、揚げ足をとる、ふてくされる、理屈をつける、などとして表現されます。
また、自己中心性とは、物事を自分に都合のよいように解釈し、ほかの人に配慮しないことです。これらの心理的特性は、飲酒を続けるために後天的につくりあげられたものであることがほとんどです。
精神医学的問題
病的飲酒パターンになると、飲酒を維持する工夫や飲酒の阻害要因を乗り越える努力が始まります。この工夫や努力が「探索行動」に当たります。飲酒を取り繕う嘘、酒代を借りる口実作り、人目を避ける隠れ飲み、酒瓶隠し、隠し金を作ります、飲酒を妨げる人への暴言・暴力などがみられます。探索行動には後ろめたさや罪意識や飲酒欲求に圧倒された無力感や敗北感が伴います。この感情体験は自己評価感情を下げる一方、探索行動は本人と家族や周囲の人との間に緊張や対立など葛藤状況を生じさせます。それゆえアルコール依存症は本人のみならず家族や周囲の人に軽重の別はありますが、精神医学的問題を引き起こします。
社会的問題
アルコール依存症の患者さんは、多くの家族的・社会的問題を引き起こします。最近問題になっている常習飲酒運転者の多くは、多量飲酒者かアルコール依存症の患者さんです。またアルコール依存症は、自殺、不慮の事故、家庭内暴力、虐待、家庭崩壊、職場における欠勤や遅刻、失職、借金など多くの社会問題に関係しています。
薬物療法
多訴、易怒性、攻撃性、易刺激性、不安、焦燥、抑うつ、不眠などの症状に応じた薬物を選択します。情動安定薬のバルプロ酸ナトリウム、抗うつ薬ではSSRIやSNRI、睡眠導入薬の代用としてミアンセリン、ミルタザピン、レボメプロマジン、クエチアピンなどを用います。睡眠導入薬では非ベンゾジアゼピン(BDZ)系睡眠導入薬のゾピクロン、エスゾピクロン、ゾルピデムを用います。抗酒薬はシアナマイドを第一選択として使用します。最近では飲酒欲求に直接作用するようなまったく新しいタイプの断酒補助薬として、レグテクト(アカンプロセイト)を処方出来るようになりました。
心理・社会的寮法
再飲酒は治療中断の危機です。再飲酒には自責感、無力感、敗北感、罪責感、自暴自棄を伴います。その感情に共感し支持的精神療法で治療関係を維持することが肝要になります。
経過・予後
断酒すれば進行は阻止され、経済的・社会的・家庭的・身体的問題も改善します。しかし、アルコール依存症は気づき難く、気づいても断酒は容易でありません。断酒の失敗を繰り返しながら経済的・社会的・家庭的・身体的障害が次第に深刻となります。